Profile

管理人の音楽履歴とお仕事

プロフィール

●管理人:佐々木 はじめ です。

北海道札幌市生まれ。高校までは地元、以後上京し様々な音楽関係の仕事をしてきた。一度帰省したものの、現在は、三度目の上京中。

●好きなギタリスト、影響を受けたギタリスト

サンタナ、松原正樹、ジェイグレイドン、リッチーブラックモア、ジェフベック、野呂一生、吉野藤丸、斎藤英夫など

●よくコピーしてた曲

カシオペア、高中正義、Deep Purple、TOTO、Beatles、松原正樹、リーリトナー、ラリーカールトン、Naniwa Expressなど

●自分のギターについて

泣きのギター、歌うギター、(カッティングの)切れるギターが信条。ロックなギターも大好きで、太く、抜けが良い音で、独自の音は確立している。「音が良い」とはよく言われるが、「うまい」と言われたことは数少ない(涙)。テクニックや独創性はあるつもり。たまに暴走。人に言わせると「割と正統派なロックギタリスト」な弾き方らしい。リズムギミックなどリアルタイムな臨機応変さは人一倍反応が早い。

基本的に好きなギタリストはスタジオミュージシャン系が多い。そして演っていたのはかっこいいと思う曲ばかりで、結構偏った選曲である。だから好きな曲はかなり行けるほうが、だめな曲はまったくだめ。仕込み必要。オリジナルをやっている方が多かったくらい。

●音楽生活

バンドは高校時代からギターを始めて3ヶ月目で組んだ。いくつかバンドの掛け持ちもし、バンド三昧。上京後は、あまりにもの自分の下手さ加減にバンドは組めなかった。というより周りにうまいやつが多すぎた。

スタジオミュージシャンになりたかったため、一番やりたかったのは歌謡曲と女性ボーカルバンド。意味じくも女性ボーカルバンドをやりたいと思ったときにレベッカ、歌もの系ユニットを組みたいと活動したときにB'zが世に出た。その歌もの系ユニットを組んで受けたSonyオーディションで4000組以上の中から最終選考(確か4組くらいだったはず)まで残るも惜しくも落選。しかし作曲したボーカル兼ギターの相棒はその才能を認められ、音楽プロデューサー兼スタジオギタリストとして、今や国内最多売り上げを誇る2人組ユニット(前出)のバックなんかもやっている。私はそのミックスを買われてエンジニアの道に入った。

その後パソコンショップの店員、レコーディングのアシスタント、シンセマニュピレーター、PAエンジニア、スタジオのお兄さん、楽器店運営、ジングル制作、雑誌の記事ライター、楽器メーカーの営業マン、楽器メーカーの製品マニュアル、テクニカルライティング、カタログ、ポスター、販促物、Webなどの企画、制作など、様々な音楽にまつわる仕事をしてきた(前述の音楽履歴参照)。

それというのもギターをそこそこ弾けるようになった頃、カシオペアの野呂一生さんのクリニックを受けたときに言われたことがあります。

「ギタリストってバンド内での中心人物なので、音に関すること、曲やアレンジに関すること、他のパートに関すること、PAやキーボード、ドラムなど機材や楽器に関すること、録音に関すること、はたまた人間関係に至るまですべてを把握しておかないとバンドは成り立たないんだよ」

これを旨に経験を積んで今の自分があると思っています。

帰札前まではセッションに参加し、腕のリハビリをしていた。

思い出深いのは、音楽活動では前述のSonyオーディション、パソコンショップのMIDIフロアでのNotator Logic (現Apple Logic Pro)と、Roland SC-55 MkII(一世を風靡したMIDI音源)の販売数日本一、いろいろなプロミュージシャンとの交流(レコーディングなど)があったり、マニュアル製作においてネットでわかりやすさが話題となり、あるソフトの売り上げ本数を大幅に塗り替えたこと。

音楽履歴

●幼稚園~小学校時代

オルガンを習いはじめる。小学校に入りマーチングバンド加入。市のパレードや大会の常連校だった。

●中学校時代

ブラスバンド部入部したが部員数足らずまともな活動はできない。しかし、木、金管楽器のメジャーどころ(クラリネット、オーボエ、サックス、トランペット、トロンボーン、チューバ、ホルンなど)が使いたい放題でさまざまな楽器を手にしている。3年の時に友人がエレキをはじめ、初めてギターを弾く。

●高校時代

自分のエレキを手にし、ギター三昧の毎日。ギターの練習は6時間以上、睡眠時間は4時間程度。学祭などの学校行事は出演常連。バイトしながらエフェクターを買いまくり、ほとんどの種類は持っていた。大学生や社会人とバンドを組み、バンドというものを叩き込まれた。

●上京(音楽学校時代)

プロを目指し上京。音楽学校へ通いながら、スタジオやPAなど、音楽に関わるバイトで生計を立てていた。今考えるとギターでの仕事はさほどありつけず、エンジニア、マニピュレーター、PAオペレーターなどを経験し、コンシューマー機からプロ機材までいろいろな機材に触れ、今で言うビンテージアウトボードなどは現役で触れていた。

●秋葉原電機屋時代

当初、オーディオ、映像関係を担当。民生機からプロ機材まで取り扱う電機屋だった。特に、同期に関することやフォーマットなどはずいぶんと勉強した。その後、ブームに乗るようにDTMフロア(当時はMIDiフロアと呼んでいた)を開設するためにパソコン担当に移動。ここから楽器業界への進出となる。当時国内流通のすべての音楽ソフトを取り扱いした。Notator Logic (現Apple Logic)と、Roland SC55MkII(DTM用MIDI音源)に関しては日本一の販売数を記録した。

●楽器メーカー~楽器屋時代

バブルがはじけ売り上げが激減し、パソコンショップとしてDTMフロアを閉鎖することになり、それを機に退社。この頃、音楽雑誌にも記事ライターとして執筆もしている。とある海外製キーボードの輸入商社で営業として働くものの会社が解散。程なく営業先であった都内有名楽器店に勤務することとなるが自分的にはかなり不遇な時代だった。

●デザインプロダクション時代

ここでは主に国内最大の楽器メーカー用の国内用、海外用マニュアル、カタログ、ポスター、Webなどの制作に携わる。ディレクターとして企画営業、制作、編集、ドキュメントライティング、撮影、インタビューなどを経験。楽器からプロ機器までを扱い、製品開発秘話などのヒアリングなども行う。デザイン会社でありながら、楽器業界の経験がものを言ったところでもあった。

●帰札、そしてまた上京

身内の身体的上京が芳しくなく、帰札。2年ほど戻っていたが、フリーでも仕事もなく、意を決して上京。しばらくフリーを続ける。

 

なんだかんだ言っても、楽器は続けているし、へたでも未だ現役。楽器業界にもアンテナはあるので、機材関連は勉強に事欠かない。帰札時に、サーバーやCMSの勉強をして、自分の音楽関連の情報を、日記的にデータベース化したいという思いで、Sound Macgianを復活させようと思い立つ。新たにSound Magician IIとして、このサイトを現在も運営中。まだまだ書き足りないほど、情報はあります。